中国では、「○○暫定条例」という名称の法規をよく見かけます。「○○暫定条例」は、確かにその名称に「暫定」(中国語:暂行)という言葉が入っていますが、施行されれば効力を有し、従わなければなりません。中国の立法機関である全国人民代表大会(全人代)の授権により、行政機関である国務院が制定するものです。
行政法規としての「○○条例」
中国の国務院が制定する規範を「行政法規」と呼びます。国務院は、国家最高の行政機関であり、日本でいえば「内閣」に相当します。また、日本の「内閣」に相当するが機関が制定する規範であるため、中国の「行政法規」は、日本の「政令」に相当すると言えます。
また、国務院は、憲法第85条には、「国務院は中央人民政府であり、最高国家権力機関の執行機関である。」と規定されています。この「最高国家権力機関」とは、全国人民代表大会(全人代)のことですの国家の立法権を行使し、「法律」と呼ばれる規範を制定します。
「法律」と「行政法規」の規定内容の違い
「法律」として制定されるべき事項と、「行政法規」として制定されるべき事項には区別があり、法令の制定に関する法律である「立法法」には行政法規について次のように規定されています。
1、法律によらなければ制定できないこと
「立法法」第8条では、以下の事項は、法律によらなければ制定できないという旨が定められています。 この立法法は、2015年3月15日の第12回全国人民代表大会第3回会議の「『中華人民共和国立法法』の修正に関する決定」によって修正されています。
(1) 国家主権事項 (2) 各級の人民代表大会、人民政府、人民法院及び人民検察院の設置、組織及び職権 (3) 民族区域自治制度、特別行政区制度、基層群衆自治制度 (4) 犯罪及び刑罰 (5) 公民の政治権利の剥奪、人身の自由を制限する強制措置及び処罰 (6) 税種の設定、税率の確定及び税収管理等の租税基本制度(7) 非国有財産の徴収と徴用 (8) 民事基本制度 (9) 基本経済制度及び財政、税関、金融及び対外貿易の基本制度 (10) 訴訟及び仲裁の制度 (11) 全国人民代表大会及び同常務委員会によって法律を制定しなければならないその他の事項。
2、行政法規が規定することができること
立法法の第65条第2項には、行政法規は以下の事項について規定することができるという旨が規定さ れています。
(1) 法律の規定を執行する為に、行政法規を制定する必要のある事項
(2) 憲法第89条の規定する国務院の行政管理職権の事項
なお、憲法第89条の規定する、国務院の行政管理職権の事項とは次の通りです。
(1) 憲法及び法律に基づいて、行政措置を規定し、行政法規を制定し、決定及び命令を公布すること (2) 全国人民代表大会又は全国人民代表大会常務委員会に議案を提出すること
(3) 各部及び各委員会の任務及び職責を規定し、各部及び各委員会の職務を統一的に導き、各部及び各委員会に属さない全国的な行政業務を率いること
(4) 全国の地方各級国家行政機関の職務を統一的に導き、中央、省、自治区、直轄市の国家行政機関の職権についての具体的区分を行うこと
(5) 国民経済及び社会発展の計画と国家予算を編成し、実行すること
(6) 経済業務と都市建設を指導管理すること
(7) 教育、科学、文化、衛星、体育及び計画出産の職務を指導管理すること
(8) 民政、公安、司法行政及び監察等の職務を指導管理すること
(9) 対外事務を管理し、外国と条約と協定を締結すること
(10) 国防建設事業を指導管理すること
(11) 民族事務を指導管理し、少数民族の平等権利と民族自治地方の自治権利を指導管理すること
(12) 華僑の正当な権利と利益を保護し、帰国華僑と華僑が本国に残した家族の合法な権利と利益を保護すること
(13) 各部、各委員会の公布した不適当な命令、指示及び規程を改変又は撤回すること
(14) 地方各級の国家行政機関の不適当な決定や命令を改変又は撤回すること
(15) 省、自治区及び直轄市の区分けを承認し、自治州、県、自治県及び市の設置と区分けを承認すること
(16) 法律規定に基づき、省、自治区及び直轄市の範囲内の一部地区の緊急状態への移行を決定すること (17) 行政機構の編制を審査確定し、法律規定に基づいて行政官の任免、研修、考課及び賞罰を行うこと (18) 全国人民代表大会及び全国人民代表大会常務委員会の授与するその他職権。
行政法規としての「○○条例」と「○○暫定条例」の違い
名称からみると、「○○法」という名称のものが、「法律」にあたります。一方、行政法規のほうは、「○○条例」、「○○規定」、「○○弁法」等様々な名称が有ります。名称によ らず、国務院が制定したものであればいずれも行政法規ですが、「○○暫定条例」(中国語:○○暂行条例)という名称の行政法規が有ります。 「○○暫定条例」や、「○○暫定規定」という名称の規範は、法律の制定機関である全人代から授権を受けた内容について、国務院が行政法規として制定したものと理解することができます。
授権を受けて国務院が制定した場合、その後の実践検証を経て、法律を制定する条件が成熟した後に、全人代と同常務委員会が速やかに法律を制定するものとされています(立法法第11条)。しかし、授権による行政法規が効力を持たないという意味ではありません。1993年に制定された「増値税暫定条例」も依然「暫定」のままではありますが、国務院制定の行政法規として、施行以来の効力を保っており、増値税徴収の根拠となっています。
その他規範の形式
上記にて紹介した「行政法規制定手順条例」の第4条の第2項には、「国務院の各部門と地方人民政府の制定する規則は、“条例”と称してはならない。」という規定が有ります。
国の行政機関である国務院においては、各部・委員会が各部門の行政執行を担当しており、「部門規則」(中国語:部门规章)という形式の規範を制定します。 これは日本の内閣に属する各省庁が、省令を制定するのと同様です。
また、地方人民政府は、「地方政府規則」(中国語:地方政府规章)という規府」というだけあって行政機関の事を指しますが、日本でいう地方公共団体というような各地方自治体の執行機関という訳ではありません。「地方人民政府」は、「地方各級国家権力機関の執行機関であり、地方各級の国家行政機関である」憲法第105条)という規定もみられるように、地方にありますが、国家の機関という位置づけです。
地方には、人民政府のほか立法機関である人民代表大会もあり、国家級と同様に、常務委員会が設置されています。この、地方人民代表大会や同常務委員会が制定する規範のことを「地方性法規」と言います。 地方人民代表大会(常務委員会)の制定する地方性法規と、地方人民政府が制定する地方政府規則は、いずれもその地方(例えば省)の中でのみ有効ですが、これらが抵触する場合は、「地方性法規」が優先されます。
ちなみに、日本で「条例」といえば、地方自治体(うち、議事機関である議会)が制定する規範のことを言いますが、中国語の「条例」は主に国家中央の規範の名称として使われるというところも異なります。
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